- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
ショヒドウール・イスラム氏不法逮捕される
バングラデシュの結核対策に30年近く関わる中、2006年には結核研究所の所長に任命された。国内、国際の仕事も忙しくなってきた。2007年の正月、大変な事件のニュースを受け取った。私の友人のショヒドウール・イスラム(Shahidul Islam)氏が軍に逮捕されたという。
ショヒドウール氏は、私の助手であったアクラム君のいとこで、南のシャトキラ県の高校教師をしていた。ウットロン(Uttaran)*1という非政府組織(non-governmental organization: NGO)を立ち上げ、貧困や社会正義の運動を進めていた社会活動家(activist)であった。以前、大型の国際援助が洪水や潮水予防のためとする防波堤を建設したことにより、海水は防げても出口が塞がれて防波堤の内側に水が停留し、逆に水被害を被った大勢の農民の救済や補償などにも関わっていた。その後再びアジア開発銀行やオランダの援助による新しい防波堤建設計画が企画されたのに反対し、オランダのNGOと協力して計画の変更や中止を迫った。反対するだけでなく、代替案も提案した。上流に大きな池をつくり、海から逆流してきた水をいったんため、水が引いて行き土砂はそこに残されるという自然の干満を利用して土地をかさ上げする伝統的な手法であった。オランダのNGOも、政府や国会議員に働きかけ、自国の援助が現地で環境破壊と貧困を招く実態を警告した。これにより、オランダ国内でも政府の援助方針に対する批判が高まり、計画が変えられ、現地からの提案も採用され、資金も投じられることになった。これはバングラデシュの環境運動史の転機となったが、逆に地域の利権者たちからにらまれることにもなった。その背景があったためか、これという罪状も逮捕状もなしに、軍が横暴を働いたのだ。軍のキャンプで拷問を受け、大けがを負わされたが、医療の手当てもされず、身体も心もボロボロにされて8カ月後の釈放まで拘置所で過ごしたという*2。この拘束は、政府や国際機関が進める「上からの開発」に対し、地元の知恵を守ろうとした活動を封じ込めるための弾圧であったと考えられている。

Copyright © 2026, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.

