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連載 未来の助産師を育てています わたしたちの教育現場・47
獨協医科大学 助産学専攻科
pp.230-236
発行日 2019年3月25日
Published Date 2019/3/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1665201224
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沿革
獨協医科大学(以下,本学)は,1881年に「獨逸文化による日本文教の興隆」のため発足した獨逸学協会を源流とする。その獨逸学協会は,1883年,獨逸学協会学校(旧制中学)を設立し,1947年「獨協学園」に名称変更すると,翌年,新制の獨協中学校・高等学校を発足した。その後,1964年に獨協学園80周年を記念して獨協大学を埼玉県草加市に開学し,第3次吉田内閣で文部大臣を務めた天野貞祐が初代学長に就任した。
源流から137年の古い歴史を持つ獨協学園は「学問を通しての人間形成」の教育理念の下,新たに「広く社会一般の人々から信頼される医療人を育成する」ことを掲げ,1973年,本学を栃木県壬生町に開学した。かつてのこの地,下野国の壬生藩は日光街道に面した日光社参の壬生宿と城址を擁し,1840年に藩医齋藤玄昌と蘭学医石崎正達らが人体解剖を行って,彩色解剖図を記録に残した医療の先進的な地でもあった。

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