Japanese
English
昭和の暮らし・第117回
暮らしの中の昭和:柿の木
市橋 芳則
1
1北名古屋市歴史民俗資料館
pp.1098
発行日 2026年9月15日
Published Date 2026/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.091513540600101098
- 有料閲覧
PPV購入案内
1,650円 (1,500円+税10%) こちらは、1098ページから1098ページの文献です。
PPV(ペイ・パー・ビュー)とは、論文(記事)単位で購入・閲覧ができるサービスです。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
- Abstract 文献概要
明治時代,大正時代,昭和時代を通して農家の庭には,柿の木が2本以上あることが多かったようだ.庭に甘い柿と渋い柿を植えるという習慣は,全国的なものかローカルなものかは調べたことはないが,共感はどこまで広がるだろうか?農家の庭は農作業の場であり,広々とした場所を常に確保する必要があった.したがって花壇や花を愛でるための樹木は,こうしたスペースを確保したうえで,やはり端,もしくは区分けして植えられた.
わが家にも2本の柿の木が実を付けている.1本は小ぶりな甘い柿がなり,もう1本は大振りでとてもそのままでは食べられない渋い柿である.甘い柿の木は庭の中央辺りに,渋柿の木は庭の端に植えられている.甘い柿は今でももぎって食べ,渋柿はかつては祖母,母と共に皮を剝いて,ひもをかけ,軒下に吊るして干し柿をつくっていた.庭に柿が植えられているのはこうした食用が目的であり,時期が来れば実がなり,加工して保存食ともなるという利便性が尊ばれた.
Copyright © 2026, MIWA-SHOTEN Ltd., All rights reserved.

