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世界において,耐性菌による年間死者数は現在の70万人から,2050年には1千万人になると予想されている。その原因として,抗微生物薬の使い過ぎにより薬剤耐性菌が発現し,世界中で拡大していることと,新たな抗微生物薬の開発が停滞しており,耐性菌に対する抗微生物薬の選択肢が非常に少ないことがあげられている。この現状を受けて,2016年5月に開催されたG7伊勢志摩サミットでは,「抗微生物剤の有効性を国際公共財として維持」するとともに「新規抗微生物薬の開発促進」が具体的行動計画として示された。 わが国において,感染症は国民の死亡原因の第3位(平成28年人口動態統計,厚生労働省)である。特に,感染症に罹患しやすい高齢者が増えている現代社会において,効果的かつ安全な感染症治療が切望されている。 感染症治療は従来の経験的な投与法ではなく,抗微生物薬の薬物動態と抗菌効果に焦点を当て,PK/PD(pharmacokinetics/pharmacodynamics)アプローチから最大限の効果,副作用防止かつ耐性菌の発現阻止を考慮し,患者個別に最適化した抗微生物薬投与を行うことが重要視されるようになってきた。実際に臨床研究において,PK/PDに基づき患者個別に最適な投与設計を行うことにより,治癒率,死亡率の改善,入院期間の短縮が認められており,耐性菌の発現抑制につながることも明らかになっている。しかし,PK/PDに基づいた治療ができないケースがある。たとえば特殊病態下(全身性炎症反応症候群,透析,化膿性髄膜炎,熱傷など)の患者である。これらの患者では,分布容積,クリアランス,薬物の移行性などが正常時と比べて異なり,薬物動態は非常に複雑になっている。重篤化しやすい特殊病態下の患者においては一層の個別最適化投与が望まれているにもかかわらず,薬物動態についてはほとんど検討されていないのが現状である。したがって,特殊病態の患者のPKを明らかにすることにより効果的かつ安全な感染症治療が可能となる。また,個別最適化投与を実践しても耐性菌が発現する可能性があるため,今後はMPC(mutant prevention concentration)を考慮した,耐性菌が発現しない投与法を構築していくべきである。 上述のように,既存の抗微生物薬を上手に使用し,有効性を維持していくことが大切である。しかし,現在停滞している抗微生物薬の開発,さらにワクチンの開発は,今後,耐性菌による死者数を減少させるためにもっとも重要なポイントであると考えられる。