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は じ め に
われわれの身体の中の細胞(約47兆個)は,もともと一つの受精卵に由来しており,各細胞は基本的に父親,母親から受け継いだ同じ遺伝情報をもっている.この遺伝情報の違いがわれわれの体質,身体的特徴などの個性,病気の発症リスクなどに関係することが明らかとなっている.一方,体中の個々の細胞は発生,分化や新陳代謝の過程で常に分裂,増殖を繰り返しており,細胞分裂時に生じた複製エラーなどによって後天的にさまざまな遺伝情報の異常が蓄積してくることが知られている.実際にがん細胞ではさまざまなゲノム異常が生じており,このゲノム異常が癌化の原因であることが示されてきた.がんの本質を理解するには,がんで生じているゲノム異常の全貌(がんゲノム)を明らかにする必要があるとして,1986年にノーベル賞受賞者のRenato Dulbeccoがヒトゲノムプロジェクトを提唱し1),2000年にヒトゲノムのドラフトシークエンスの完成が報告された2).
その後の次世代シークエンサーの開発に伴う技術革新,データベースや情報解析ツールの進歩により,2007年以降さまざまながんを対象に網羅的ながんゲノム解析が実施されている.国際がんゲノムコンソーシアム(International Cancer Genome Consortium:ICGC)[https://icgc.org/]などの共同研究ネットワークを通じて,30,000以上の検体の解析が終了し,膨大な解析結果がデータベースで公開されている.これらの成果によってがんの発生にかかわる分子メカニズムの解明につながるだけでなく,さまざまな臨床応用がすすんできた.未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)阻害薬やイマチニブなど,がんのドライバー変異とその経路を標的とした低分子化合物や抗体薬などが治療に用いられている3).またBRCA1/2変異を有する腫瘍に対するDNA修復経路を標的とした合成致死を目指した治療法(PARP阻害薬)4)や,マイクロサテライト不安定など変異を多くもつ腫瘍に対する免疫チェックポイント阻害薬5)など,がんゲノム情報に基づき有効な治療薬が選択可能となってきた.さらに,血液中の腫瘍細胞由来DNAを対象としたリキッドバイオプシーの手法も,治療法の選択や治療効果のモニタリングに有用であることが示されている6).国内においてもクリニカルシークエンスががん基幹病院で実施されるなど,がんゲノム解析が診断,治療方法の決定において重要なツールとして利用されている.
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