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緩和医療(緩和ケア)は,従来誤解されてきたような「ターミナルケア(終末期医療)に限ったもの」ではなく,必要に応じて原疾患に対する治療と「併せて」提供されるべきものである.平成28年末に改正された「がん対策基本法」においても,手術,放射線治療,化学療法と並ぶ「がん治療の柱」として併記され,少なくとも基本的緩和ケアについては全国あまねく実践が求められている.最近は一般市民にも緩和ケアは広く認識されており,患者が「緩和ケアを受けたい」と希望してきた際に,「私は(当院では)できない」では済まされない.実際,各地で「緩和ケア研修会」が開催されており,読者のなかにも参加された方が多いのではないかと思うが,どのような医療もそうであるように,知識を得た後には実践し,さらには他者へ指導すること(learn it, do it, teach it)で理解が深まるのが常である.ただ,まれな病態については実践を積むにも難しく,本書のように経験豊富な専門家が経験した「落とし穴」を臨場感あふれる形で学べることは大いに有用であろう.緩和ケアはとかく「対症療法」に終始するものと誤解されがちだが,その根底には総合的な内科的診断力が必要とされることがわかる好事例が多数あげられている(「何もしていない」とみえる場合でも,的確な予後予測に基づいてリスク&ベネフィットのバランスを考慮して「あえて行わない」という選択をしていることを十分ご理解いただきたい).
さらに本書において注目すべきは,半分以上の頁数を「コミュニケーション」に関する事例に割いていることである.実際,緩和ケアチームや緩和ケア外来の形で他科の患者に関わると,問題が単なる「症状」ではなく,医療者との「コミュニケーション不足」に起因している事例が少なくない.本書では専門家が「よかれと思って」行った対応ですら「落とし穴」となった事例が数多くあげられているが,現実には,患者側に(身体症状以外に)どのような辛さ(とそれを乗り越えた先に叶えたい希望)があるのか,そもそも念頭にない主治医が非常に多い印象である.優れたコミュニケーション能力は治療の成否をも左右する重要な「医療技術」であり,患者・家族と医療者が課題を共有して取り組めば,「心身ともに穏やかな療養」の達成も容易になる(これは緩和ケアに限ったことではない).「強くなければ生きていけない,優しくなければ生きていく資格がない(レイモンド・チャンドラー)」は,小説のなかだけでなく医療現場においてもスマートに実践していただけることを強く願う.
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