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研究を始めるとき,多くの人はそれほど大それた目標を最初から立てているわけではなく,何となく新しいことをやってみたいという動機で,手近なものでできることから始めるのではないでしょうか.毎日同じことの繰り返しではなく,ささやかでも少し違ったことを知りたい,体験したいという思いはおそらく人間が持つ根源的な欲求なのではないでしょうか.だから人は,傍で見ていて無謀と思えることでも常に新しいことにチャレンジするのかもしれません.人生をかけた研究や事業,身近では旅行やスポーツといった趣味,そしてそれにも飽いたら命を縮めるようなギャンブルにまで.私は医学部を卒業し,あまり考えることなく内科を専攻しました.不真面目な学生だったので,基礎系の講義で印象に残るものもなく,何となく医学の王道という雰囲気がある内科に身を預けました.何とか脱落せず,初期の研修を終え,腎臓を専門分野にしました.その当時,人工腎臓の技術が急速に進歩し,臨床応用が始まっていたことが影響していたのかもしれません.そして2年くらい腎臓内科医として忙しく診療経験を積むうちに,やがて不遜にも「腎臓内科のことは一通りわかった,さらに新しいことは何だろう」という内なる声が聞こえてきたのです.そして伝手あって自治医大の今井 正先生の下で腎臓生理学の実験を行うことになりました.腎臓の尿細管を1本,ピンセットで取り出し(長さ1mmくらい),手作りの微小ガラスピペット2本の間で人工的に灌流して尿細管機能を調べるもので,まさに職人芸の世界でした.いざ始めてみると,このマニアックな世界にすっかり嵌ってしまいました.向いていたのかどうかわかりませんが嫌ではなかった,いやそれよりやっていて楽しかった.それまで小さな手仕事などしたことはなかったのですが.結果が出ればさらに面白い,出なければ原因を考える,過去の研究論文を見直してみる,つまり体(指先)と頭を使って新しいことを行う,この体験に刺激を受け,楽しんでいました.
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