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I.緒 言
総務省消防庁(2019)が発表している平成30年版消防白書によれば、平成29年度に心肺停止となって、救急車で病院に搬送された人数は約127,000人と報告している。このうち、心原性かつ心肺停止の時点で一般市民に目撃されたものは約25,000人(20%)であった。その中で、一次救命処置(BLS:basic life sup port)を含む応急手当てを受けた患者の1ヶ月後の社会復帰率は11.9%で、応急手当が行われなかった場合の4.6%と比べると2.6倍高くなっていた。つまり、心肺停止傷病者の社会復帰率を向上させるためには、救助者が目撃した時点で早期にBLSを開始する必要がある。見知らぬ他人に対して実施するBLSは、個人の自発的な行動であり、その行動の実現には救助者の人を助けようとする救命意識が不可欠である。先行研究によると、早期にBLSを開始する救助者の救命意識は、心肺蘇生講習の参加によって向上することが示されている(Kuramoto et al., 2008;呉ら,2012;西山ら,2008;日本救急医療財団心肺蘇生法委員会,2012)。救命意識の向上は医療従事者に限らず、一般市民に関しても同様の結果が報告されている。心肺蘇生講習の受講者の救命意識の変化について、「胸骨圧迫やAEDの手技を理解したか」、また「倒れた人を見つけた時の119番通報、心肺停止状態の時に胸 骨圧迫やAEDを実施するか」など、独自に作成したBLSの実施に関する質問紙を心肺蘇生受講前後で実施している。その結果、受講後の質問に対する回答者数の増加によって、救命意識の向上を評価している。
一方で、BLSの実施をためらう要因として、パニック状態、恐怖心、未熟なBLSによる傷病者を傷つける恐れや賠償責任、感染などがある(日本救急医療財団心肺蘇生法委員会,2012)。井上(2012)は、心肺蘇生講習による救命意識の変化について、病院職員を医師、看護師を除く医療従事者と一般職員の2群で比較し報告している。医療従事者と比べて一般職員は、心肺蘇生がうまくいかなかった時の責任や、誤った判断により傷病者を傷つけてしまうことが心配と回答した割合が、受講後に増加していた。
これらの報告から、見知らぬ他人の心肺停止傷病者に対して、早期にBLSを開始する救助者の救命意識には、BLSの実施への心理的障壁をともなうことから、BLSの手技の理解度や実施の有無だけでなく、多角的な質問項目を有する質問紙での評価が必要である。
そこで、救命意識が自己犠牲や自分への見返りを期待せず、他人を助けることを目的とする援助行動の定義(狩野,1985;中村,1995)に類似していることに着目し、信頼性と妥当性が担保されている援助規範意識尺度(箱井ら,1987)を使用することを着想した。援助規範意識尺度は、返済・自己犠牲・交換・弱者救済規範意識の4つの下位因子から構成される。援助規範意識を使用した先行研究によれば、猪田ら(2008)は一般大学生の援助規範意識と面接調査による他者評価において、返済・自己犠牲・弱者救済規範意識は、相違がないことから質問紙調査で十分有効であるとしている。また、援助規範意識と援助行動に関しては、看護師を対象とした家族に対するケアについて、援助規範意識よりも専門職としての経験の関与が大きいこと(山本ら,2012)、弱者救済規範意識と募金に対する寄付やボランティア活動の援助経験(箱井ら,1987)、看護学科3年生を対象とした援助規範意識とBLSの一連の手技の習得度(村井ら,2003)については、ともに正の相関関係であることが示されている。
先行研究の知見を鑑みると、BLS実施による心理的障壁の存在や援助規範意識と援助行動との関連性が示されているが、本研究の対象である看護学生を対象として、心肺蘇生法の受講前後の意識の変化を検討したものはない。
そこで本研究では、看護学生に対して心肺蘇生法の受講前後、受講1年後に援助規範意識を測定し、その変化の要因を検討することで心肺蘇生教育の示唆を得ることを目的とした。
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