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内視鏡外科手術は従来の開創手術を刷新したイノベーションであることに異論は少ないが,日本と欧米では発想やその後の発展が異なっている.まず,本邦では1980年代になっても,内視鏡外科手術という発想は見られなかったが,欧州では同時多発的に類似した概念が唱えられている.また,欧米では先を争うように新たな内視鏡下手術式が報告され,DaVinciに代表される新たな発想による機器の開発も盛んであった.イノベーションジレンマは1997年にクレイトン・クリステンセンが唱えた実証研究に基づくイノベーションに関する法則の1つである.成功している優良企業ほど目の前の顧客ニーズへの対応に注力して,安定的に収益を確保しようとする.そのため,思いもよらぬ所からの破壊的イノベーションが生じた場合に対処できないという内容である.日本人医師が開創手術において優れた手術技術を有していることは欧米人も同意するところだが,日本オリジナルの術式や機器が少ないことの理由もこの辺りかと見当をつけている.一方,日本が得意とするイノベーションの形もある.東レの炭素繊維,任天堂のファミコンやコマツのKOMTRAXなどである.炭素繊維の可能性は40年前に提唱され,世界で50社が新規参入したが,採算にのらず多くの企業が撤退した.東レの炭素繊維の研究開発は長期に及び,炭素繊維事業は40年間ずっと赤字であった.米国の大企業では,このようなことは考えられない.アンドリュー・タンツアーという経済ジャーナリストが東レのイノベーションの成功を分析し,フォーブス誌に寄稿した論文のタイトルは“The Joys of Having Patient Stockholders(忍耐強い投資家の恩恵)”である.これは,株主の投資スタイルが日米で大きく異なることを象徴的に表している.また,企業と従業員の関係も長期コミットメントであり,研究開発担当者は長期にわたってコツコツと研究開発を継続していくことができる.すなわち日本流イノベーションの強みは長期的コミットメントにあるのだと思う.これを内視鏡手術に敷衍するとすれば,長いスパンでの機器や術式のRefineやロボット技術,消化器内視鏡との協業などを通じた高レベル治療の開発などが思いつく.究極の形は,既に手術と呼べないものとなっているかもしれないが,おそらく日本人にしかなしえないものと勝手に思っている.
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