研究のあゆみ
電子顕微鏡細胞学事始
山田 英智
1,2
1東京大学
2福岡大学
pp.482-488
発行日 1983年12月15日
Published Date 1983/12/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425904560
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出発
1954年(昭和29年)4月24日午後8時に横浜港を出帆してアメリカに向かった。新日本汽船の貨客船那知春丸の乗客は,私と同室の山梨大学のY助教授(醸造学専攻)と,別室の牧師D夫妻の計4名であった。前日まで多忙だった出発準備の疲れを癒すのには,連日波と空しか見えない退屈な船の旅は丁度良かった。D牧師夫妻から色色とアメリカ生活での注意事項を教えてもらったりした。4月30日には日付変更線を通過。"アリューシャンの南を過ぎて星の降る波のたけりに子の声を聞く"と家に打電。5月8日早朝に船は金門橋をくぐって桑港に着いた。ついで10日,オークランドから夜行の寝台車に乗り北上し,翌11日Seattle駅に着き,出迎えのBennett教授と初めて対面した。
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