連載 ほんとの出会い・55
夢かうつつか都会の靴屋
岡田 真紀
pp.829
発行日 2010年10月15日
Published Date 2010/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688101711
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身近な町のたたずまいが,どうしようもなく魅力的に感じられることがある。私にとって西荻窪がそんな町。小さな食べ物屋さんが,和食,スパニッシュと工夫を凝らして軒を並べるが,そのなかに昭和30年代を思わせるすすけた外装のクリーニング屋さんがある。窓越しに中をのぞくと,薄暗い部屋で白いアンダーシャツ姿のおじいさんが,昔ながらの大きなアイロン台の上にアイロンをすべらせている。通りの反対側では,畳屋さんが畳に針を刺している。古びた壁に町の歴史,人の歴史が刻みこまれ,ただ眺めているだけで飽きることがない。
バス停の向かいに,手作りの靴を売っている靴屋さんがある。木造モルタルの1つの建物の右半分は靴屋さん,左半分は金魚屋さん。靴屋の軒先には朝顔のつると並んで靴の木型が3つ,4つぶら下がっている。ガラスがはまった半間のドアの木枠には,素人っぽくアイボリーのペンキが塗られ,1坪ほどの店内には素朴でしっかりした皮靴がどっしりと存在を主張している。まだ40代の店主は,奥で黒光りのする年代物の機械の前に座っている。
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