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はじめに
この4月から75歳以上の後期高齢者を対象とする新しい医療保険制度が開始した。介護保険と同じように1人ひとりの高齢者が医療保険料を納める制度で,原則的に年金から天引きされる仕組み(特別徴収)になっている。
従来,70歳以上の高齢者は1983(昭和58)年から施行された老人保健制度により,医療保険の保険証と老人保険法医療受給者証を医療機関の窓口に提示して医療を受けていたが,この4月からは老人保健制度が廃止になり,それらに替わって後期高齢者医療証のみを提示することになった。また,掛かった費用の1割(通常の所得のある人は3割)の自己負担が課せられるのは従来と同じであるが,これまで健保組合などの被扶養者で保険料を負担しなかった人も新たに保険料を支払うことになった。原則的に年金から天引きされることにより,初めてこの制度のことを知った後期高齢者も多く,「そんな話は聞いていなかった」と混乱が生じたことはマスメディアが報じたとおりである。
そもそも,後期高齢者医療制度の創設は2006(平成18)年6月に医療改革関連法のうちの「高齢者の医療の確保に関する法律」として国会で承認されたものである。当時は,ときあたかもドイツ・ワールドカップで日本中が沸き立っていた状況であり,与党により強行採決されたにもかかわらず,世論はこの問題に関心を示すことさえできず時間だけが経過した感がある。
一方,高齢者医療に携わってきた私ども「老人の専門医療を考える会」では,後期高齢者医療制度の創設に対して強い関心を寄せ,本制度が高齢者の尊厳を損なわない終末期ケアを保障する制度になってほしいとの願いから,2006年9月には当会のホームページに「高齢者の終末期ケアのあり方について」と題する見解を掲載した。さらに,当会が毎年行なっている「どうする老人医療,これからの老人病院」と題する全国シンポジウムでは第29回のサブテーマを「ご存知ですか? 後期高齢者医療制度」として,2007(平成19)年3月に開催した。
しかし,この時点で国からは制度の概要のみで具体的な方針や方向性が示されていなかった。そこで当会としてはこのシンポジウムにおいて本制度の施行により,1)年齢により受ける医療が制限されてはならないこと,2)終末期医療・ケアの選択肢が制限されてはならないことを提言した。
厚生労働省から「後期高齢者医療の在り方に関する基本的な考え方」が公表されたのは同年の4月11日で,わずか1か月の期間で国民からのパブリックコメントの募集が行なわれた。
同じ年の7月には参議院選挙が行なわれ,年金問題は争点になったものの,後期高齢者医療制度はその陰に隠れてしまった。しかしながら,この選挙において与党が大敗したことで,参議院においては野党が過半数を占めることになり,いわゆる「ねじれ国会」の状況に突入したのである。このような政治情勢を見透かしたように本制度に対して反対の声が野党から挙がってきた。
これを受けて,政府・与党は同年の秋に,後期高齢者医療制度の保険料負担の一部凍結や軽減措置を早々と決定した。そればかりか既に今年度からの実施が決まっていた70歳から75歳未満の医療費窓口負担(自己負担)を1割から2割に変更することを1年間凍結したのである。
さらに,後期高齢者医療制度の実施当日になって,政府は「周知不足であり,ネーミングも悪い」との理由で,本制度の通称名を「長寿医療制度」にすると発表したのは記憶に新しいところである。この姑息な手段,行き当たりばったりの迷走ぶりには唖然とさせられるとともに,その程度にしか考えていなかったのかとの怒りを感じたのも事実である。
いずれにしろ,後期高齢者医療制度を創設する必要性と保険料の徴収の仕組みは昨年の6月までにはわかっていたのであるから,たとえ具体的な医療提供体制が審議中であり,政治情勢が不安定であったにしても,もっと早く利用者である国民に向けた広報をすべきであったと思う。
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