今月の言葉
生命のもろさ強さ
金子 光
1
1厚生省
pp.9
発行日 1959年12月1日
Published Date 1959/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611201801
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朝・洗面所にいつて歯をみがきながら,思い出したことがあつてちよつと寝室に引返しているうちに,口をすすぐコップの水に小さな虫が浮いていた.何も考えずに水をすて新しいのにとりかえ歯を洗いにかかつたが,その時急に虫のことが気になり出した.茶色の羽のある,夜など燈のまわりにとんでくるいやみのない虫だつた.が,その虫が今暗い鉄管の中に落され,2メートル程の闇を水に流されて果して浄化槽の中まで生きて出られるであろうか,などと気になり出した.するとその時その虫が,鉄管の穴の中から必死の努力でヒヨイとはい出して来た.私はホツとした.そしてあわてて虫をとりあげて窓から外に出してやつた.
独りで住むことが好きなくせに,何かさびしがりのところもあつて,きいてもいないラジオをかけ放しにし,人のいない部屋の電燈もつけている私なのだが,何か動くものをそばにおいておきたいと考えてみた.犬を第一番にほしいのだけれど,不可能だし,せめて金魚でもと考えてみたが,日中しめきつた暑い夏の部屋においたのでは可哀想だし,などと思つていると結局生き物は育てる条件にないことだとあきらめて,この頃は植物をたのしむこととした.
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