連載 かれんと
寅さんが旅立った後で
寺田 元一
1
1名古屋市立大学
pp.849
発行日 1996年12月10日
Published Date 1996/12/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686900430
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寅さんがいってしまった.日本の高度経済成長に傷つきながら,それを支えてきた老若男女のアジール=避難所だった寅さん.会社人間の現実逃避願望と望郷の念とやさしさへの飢えをみんな満たしてくれた寅さん.でも,その寅さんもまた,会社人間ではなかったけれど,フーテンし放浪しながら,放浪の侘びしさに故郷柴又を思い出し,稼業を一時放り出して柴又に帰る人だった.そしてそこには,寅さんに劣らず魅力的な人々(悪口や軽口を叩き合いながら,お互いの心情をやさしく慮かる人情味あふれる人々)が待っていた.
『男はつらいよ』は,その意味で,60年代にはやった『七人の孫』やら『肝っ玉かあさん』やらのホームドラマの系譜を継いでいる.高度成長の中で日本の伝統的な大家族や巷,路地が解体し,核家族や団地,ビルの谷間が出現していったとき,ホームドラマは失われつつあったそうした世界をノスタルジックに描いて,望郷の念ややさしさへの飢えを満たしてくれた.でも,『男はつらいよ』が他のホームドラマと異なるのは,主人公の寅さんがフーテン=ホームレスである点だ.ホームレスが主人公のホームドラマであった.
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