連載 彷徨い人の狂想曲・12
観覧車の子守唄
辻内 優子
1
1心療内科・小児科・漢方医
pp.1028-1031
発行日 2003年12月10日
Published Date 2003/12/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686100960
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午前1時。病棟にチャイムが鳴り響いた。大部屋の各ベッドの読書灯が点き始め,静子もけだるい体を動かそうとする。会陰切開のあとが引きつれて,起き上がるのも一苦労だ。円座を抱え,タオルと清浄綿を手にそろそろとベッドから降りて暗い廊下に出ると,突き当たりの新生児室に向かってぞろぞろと歩いていく褥婦たちの列に加わった。硬いビニール製のソファベンチとスツールが所狭しと並べられた授乳室は,さっきまで夢をさまよっていた目に突き刺さるほど,こうこうと蛍光灯の光で照らされている。何日かこういう生活を送り,顔見知りになった者同士すばやくソファを陣取った。静子のように産後1日目の褥婦は,隅っこのスツールを確保するのがやっとだ。それぞれ席取りが終わると,隣の新生児室に入っていき,ずらりと並べられたコットの中から自分の名前が書かれたものを見つけ出す。どの赤ん坊も同じ産着を着せられ,を待つヒナのように小さな口を目一杯開けてほぎゃあほぎゃあと泣いている。静子も見様見真似で同じようにしたが,名札がなかったら到底自分の子どもがどれかわからない。間違えられることはないのだろうか,本当にこの子は自分が産んだ子なのだろうか。
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