連載 バルナバクリニック発 ぶつぶつ通信・122
台風で変わってしまった人生(後編)
冨田 江里子
1
1バルナバクリニック(フィリピン)
pp.754-755
発行日 2014年8月25日
Published Date 2014/8/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1665102898
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不安定なマリア
男は殺される数時間前,クリニックでお産をした親類を見舞いにここに来ていたと言う。遺体はクリニックや自宅とは反対側の売春宿が立ち並ぶ,やくざの多い地域の路地で発見された。こめかみから1発。プロの仕事だ。マリアは泣き崩れた。台風で恋人を失った時より泣く気力があった。だから泣いて泣いて泣き続けた。
その様子を心配する親族の1人が「まだ18歳で,内縁の夫が殺されてしまってはこの子は生きていけない,子どもがいることはこの子にとって足枷になるだろうから,生まれたら子どもはここにおいてタクロバンに帰りなさい」と提案した。周囲のみんなはそれがいちばんだと言わんばかりに頷いている。マリアは耳を疑った。私が泣いて弱そうに見えるから,こんな酷いことをこの人たちは言い出したのだ。お腹のなかにいるのは小さな彼だ。私が守らなければ,しっかりしないと! 自分を励ましながら元気な証拠を見せようと,男が最後に来た日本人のクリニックを見に来たという。
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