- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
はじめに―基本的な考え方
社会あるところにその社会の固有の価値があり,そこに住む人々の生き方がある。生命倫理も同じである。人類全体を地球社会としてくくれば,普遍的な生命倫理があるであろう。また,各国にもその国の生命倫理があろう。世界は多様である。さまざまな民族があり,文化があり,宗教があり,伝統がある。人間やその生命,また生き物に対する価値観も多様である。
しかし,これまでの生命倫理の議論は,主にそれが提唱されてきた米国やヨーロッパの概念や考え方,価値を用いて行なわれてきたように見える。宗教的背景を考えてみても,アジアでは仏教やイスラム教,ヒンズー教その他さまざまな宗教がある。その他にも人間や生命についてのアジア特有の価値観や概念があると推察される。アジアで生じる生命倫理問題が,国際レベルでは,そしてまた国内レベルでさえも,アジア社会に基礎を置かない欧米的生命倫理観で処理される可能性がある。そうなれば,社会に真に受け入れられる生命科学の発展は望めず,そこに生活する人々の人間観や生命観がないがしろにされるおそれがある。また,これから大きく進展しようとしている国際共同研究にも支障を来す可能性がある。
そこで,わが国がイニシアティヴをとって,生命倫理におけるアジア的なるものを可能な限り明らかにし,それを国際的な議論の場に発信することによって,真に普遍的な生命倫理のルールを策定していくことができよう。われわれは平成13年から15年度にかけて文部科学省科学技術振興調整費によるプロジェクトを行なった*。その究極的な目標は,欧米のものではないアジア的な価値観や倫理観に基づいた生命倫理,つまり「私たちにより身近な生命倫理」を見出すことである。
Copyright © 2005, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.