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はじめに
社会の変化と精神保健
筆者はこれまで,病院内ではリエゾン精神医学として各臨床領域のはざまにある問題に焦点を当てて活動してきました。また,日本総合病院精神医学会としては20年前から,救命救急センターにリエゾン精神科医が常駐する必要性を主張してきました。これらはようやく診療報酬にも反映されるようになり,採算性を重要視している病院もやっと重い腰を上げてきました。
一方,日本サイコオンコロジー学会は,リエゾン精神医学の1つの理想型としてサイコオンコロジー*の普遍化を訴えてきました。これもチーム医療加算が診療報酬化され,がん対策基本法の施行が後押しになり,やっと「がん患者の心のケア」の重要性が認知されるようになりました。医療が入院から外来へ,病院から地域へとその場が移りつつあるのと呼応して,筆者自身の臨床や研究も移行してきていました。
自殺の話題に戻れば,筆者は厚生労働省の自殺研究班長(2003年~)として活動するなかで,自殺企図者の約9割は1回目の企図で死亡してしまうので,第一次予防が大切であることを主張するようになりました1)。その具体的な対策として,交通安全週間と同じ規模で国民に浸透するような「心の安全週間」の制定であることを提言してきました。さらに,自殺研究班としては,在宅介護者の4人に1人はうつ状態であり,65歳以上の介護者の3割には希死念慮がみられることを示し,老老介護の末の無理心中の背景を明らかにしてきました2)。
これらの研究とその普及活動のなかでストレスやうつ・自殺に関して一般の方にわかりにくい部分があることに気づきました。
図1には,ストレス状況から抑うつを経て,自殺に至るプロセスと用語を示しました。まず,このストレス社会でほとんどの人は自らのストレス処理能力(これをコーピング/スタイルと言う)によって日常的なストレスを処理します。しかし,残念ながら処理できなかった場合に陥るのが「抑うつ状態」です。この「抑うつ状態」のほとんどは,(1)休養,(2)環境や状況の調整などによって解決されるものです。
しかしこれらによっても解決できずに,専門医による薬物療法などが必要になる場合を専門家は「うつ病」と呼びます。そして,うつ病者らのごく一部はその症状として「希死念慮」が生じます。希死念慮の発生する割合はうつ病者の約1割と言われます。
では,希死念慮を有したすべての人が自殺企図をしてしまうかと言えば,それは違います。ほとんどの人は「家族のことが頭に浮かんで」とか「子どものことを考えると…」と思い,自殺はしないのです。しかし,その一部が残念ながら「自殺企図」に至ってしまうのです。
自殺企図者のほとんどは救急施設に搬送されて命は助かるのですが,その場合は「自殺未遂」ということになります。一方,残念ながら亡くなってしまう方もいて,それを「自殺死」と言ったり,「自殺既遂」と言ったりするのです。
さて国民的に言えば,この「自殺死」あるいは「自殺既遂」が12年連続で年間3万人を超えている点が問題で,これはもっともっと強調されなければなりません。年間3万人を超えた「自殺死」から川上(上流)を眺めてみると,膨大な数の自殺予備軍がいることになるのです。わかっているだけでも「うつ病」は全国で400~800万人と言われていますし,その手前の「抑うつ状態」は,不眠症の頻度や,前述した私たちの研究によれば,国民の4人に1人,すなわち3000万人くらいはいると想定されます。この図の「うつ病」や「抑うつ状態」を,国民すべてが自分自身あるいは周囲を見渡してスクリーニングし,早期に気づいて医療機関につながなければならないのです。
このような経緯を通じて,筆者のなかでも「これからのキーパーソンは保健師である」という結論に到達しました。そこで今回は,私自身の整理を兼ね,保健師という職種のそれぞれの領域でのトピックスについて述べ,今後の展開の概要をお話したいと思います。
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