特集 “いのちの授業”を学生に贈る
ホスピス発の“いのちの授業”―看護教育にとって,いのちの教育とは
小澤 竹俊
1
1めぐみ在宅クリニック
pp.1030-1034
発行日 2008年11月25日
Published Date 2008/11/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663101064
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
「いのち」を扱う看護師を養成する看護教育の中にあって,いのちの教育はどのような意味を持つのであろうか。おのずから,本特集の他項目で紹介されている,中学や高校での“いのちの授業(教育)”とは異なるものを意識する教員も多いかもしれない。しかし,あえて私はいのちの教育の提示する本質は共通であることを紹介したい。
ホスピス病棟で学んできた“いのちの教育”は,ただ単に「いのちの大切さ」だけにスポットを当てたものではない。決して平坦ではない人生の道を,苦しみを抱えながら生きようとする「生き方」そのものを根底から考える教育である。
苦しみを抱えながら人は穏やかに,そして力強く生きることなどできるのであろうか?
答えは「イエス」である。
たとえ,苦しみそのものを解決できなくても,人は真の支えが与えられるとき,穏やかさを取り戻すことができる。たとえ,まもなく死が近いとわかっていながら,なお人は穏やかさを持って存在し続けることができる。それは一部の人しか起こせない奇跡ではなく,多くの私たちが持つ可能性である。この可能性を探るとき,励ましがまったく通じない終末期の現場において,援助の可能性が見えてくる。援助者の思いを一方的に伝えるのではなく,苦しみを通して見えてくる一人ひとりの支えを育むことができるとき,真の“いのちの教育”が見えて来るであろう。この視点をおさえたうえで,看護教育における“いのちの教育”を次のように提示してみたい。
看護教育における“いのちの教育”とは,患者・家族とともに苦しむ看護師が,苦しみを抱えながら援助を行い続ける真の力をもった看護師になるための教育である─
Copyright © 2008, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.