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登場人物
A 大学教師:教育関連学部で社会学を教えている。50歳代,男性。
B 大学生:教育関連学部の4年生。20歳代,男性。
はじめに
A 今回は,作家の村上龍さんが2003年に書いた『13歳のハローワーク』(幻冬舎)という本を取り上げましょう。村上さんは1952年生まれの小説家で,現在52歳です。1976年に『限りなく透明に近いブルー』という小説で芥川賞をとっています。その後も,さまざまな問題作を発表して,現代日本を代表する作家の一人になりました。若者を主人公にした小説もたくさん書いています。また,教育問題にも関心が深くて,2001年には中学生へのアンケート調査をもとにした『「教育の崩壊」という嘘』(NHK出版)という本も刊行しています。
B この『13歳のハローワーク』という本はベストセラーになっていますね。
A 5月14日の朝日新聞インターネット版によりますと,増刷を重ね,発刊から約半年で100万部に達したそうです。500種以上の職業を図鑑風にまとめたもので,約7000の教育機関が教材として購入したとも伝えています(注1)。
B 学校が購入したとしても,それだけでベストセラーにはなりませんよね。誰が買ったんでしょうか?
A この本は大型本で456ページもあります。そのため,2730円と大変高価です。想定している読者層は小・中学生や高校生,それにその親や教師あたりでしょうが,中学生や高校生が自分のお小遣いで買ったとは考えにくい価格です。親が買って,子どもに読むように勧め,同時に自分たちも読むという形態が多かったのではないでしょうか。このようなケースは,ほかにちょっと思いあたりません。大変に珍しいことですし,出版する側がそのあたりのことを綿密に考えて本を出したのでしょう。
B 結局,いろいろな仕事を紹介した本ということでよいのでしょうか?
A 基本的にはそうです。ただ,様々な工夫がこらされていて,決して無味乾燥な仕事の紹介本にはなっていないんです。一見,とても真面目に職業のことを考える本という体裁をとっています。しかし,おもしろいことや興味深いこと,社会からひんしゅくを買いそうなこともたくさん書いてあって,そのことも多くの読者をひきつけた理由だと思います。決して,現在の日本社会を,そのまま肯定する立場から書かれた本ではないのです。
また,この本は村上さんが一人で書いているわけではなくて,何人かの取材スタッフや執筆スタッフが関わっています。集団作業でできた本なんです。ただ,村上さんが書いた部分は必ず「村上龍」とサインが入っているので,読んでいて混乱はしません。真面目な部分はスタッフが,おもしろいこと,興味深いことは村上さんが書いている場合が多いようです。
本の帯には4つのキャッチフレーズがのっています。「<いい学校を出て,いい会社に入れば安心>という時代は終わりました」「好きで好きでしょうがないことを職業としてみませんか?」「花,動物,スポーツ,工作,テレビ,映画,音楽,おしゃれ,料理―いろいろな『好き』を入り口に514種の職業を紹介」「派遣,企業,資格など,雇用の現状をすべて網羅した仕事の百科全書」の4つで,はじめの2つが子ども向き,あとの2つが親や教師向きのメッセージということになるのでしょう。
B 「好きで好きでしょうがないことを職業に」というフレーズには魅力がありますね。
A この本の一番のねらいは,たぶん,そのあたりにあるのでしょうし,そのもくろみは成功していると思います。
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