連載 島根県の重点地区活動—地域がどよめき,芽吹く・30
島根県における保健婦教育
小中 綾子
1
,
飯塚 正子
1
,
斉藤 茂子
1
,
今若 陽子
1
1島根県立総合看護学院
pp.241-248
発行日 1989年3月10日
Published Date 1989/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662207715
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はじめに
島根県で最初に保健婦養成が開始されたのは,昭和15年10月のことである。当時の島根県は,全国に比べて生活・保健水準は低く,県民の経済状況も苦しい状況にあった。このような社会状況のもとで,K小学校での腸チフス集団発生,M高女での教職員の結核感染事例が相次いで発生し,これが契機となって,関係者の間に感染症に対する保健と予防が認識された。このため,全国に先がけて総額5万5千円という,当時としては破格の予算で保健婦養成が開始された。
以来昭和62年度まで600余名の卒業生を送り出している。開設当時求められていた「保健婦に対する役割」は,その後急激な社会情勢の変化や,疾病構造の変化を背景に,今ほどそのあり方や役割が各界から問われ,論じられている時はないと思われる。
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