特集 職場と生活をゆたかに
ねうちの物さし—4つの挿話から
小林 富美栄
1
1厚生省医務局医事課
pp.25-27
発行日 1962年1月10日
Published Date 1962/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662202489
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ボールの使われ方
4帖半ぐらしをしているとできるだけ室を広く使うためには,道具を少くしなければならない.そうするといきおい1つの道具がいくつにも使えるようなものにしなければならない.しかし1つのものを多目的に使いこなすことはなかなかむつかしい.
S氏は多分42,3歳位だつたと思う.酒好きで,ほとんど毎晩酔払つて,大声のテノールで"私の青空"をどなりうたいながら帰つてきて,玄関でドサリと身体を投げ出すようにして座り込み,ぐうぐう,とてつもない大いびきをかき,夜半おそくまで仕事や勉強をしていた私にとつて全くうるさい隣室者であつた.しかし翌朝になると6尺豊かな彼氏は,その片手掌いつぱい位の大きさのボールをもつて台所に現われて,内気そうに猫背になつて歯ブラシを使いはじめる.さて,彼氏は,直径15cm位の外側を水色にぬつたエナメルのボールで口をゆすぐ.それが終るとそのボールに水をジャージャー流しながら,大きな両手をできるだけ小さくしてボールの中へつつ込み顔を洗う.それが終ると今度は煮干しをちぎり,水を入れてそのままガスにかけ味噌汁を作る,ある時は卵をゆでる,好物らしいおかゆを作る,青い小さいボールは全くめまぐるしくありとあらゆる用途に活用される.時には朝それをもつてでてくる時に煙草の吸がらが入つていることも再三みかけた.
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