編集者から読者へ
生活の河
所沢 綾子
1
1編集部
pp.10
発行日 1961年10月10日
Published Date 1961/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662202420
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東京のどまん中,銀座尾張町から東へものの10分も歩くと,なんとなし潮風のにおいがして,隅田川の河口に出る.夜みると,河岸の料亭の灯を水に映して,抒情ゆたかな隅田川も,昼見ると,泥くさい,にごつた水の流れにすぎない.勝閧橋の上に立つて,しばらく眺めていると,かならずお目にかかるのが水上輸送船である.水上輸送船といえば大変近代的に聞えるが,それは,「だるま船」とか「伝馬船」とかいわれる舟で,東京港に入つた親船から,石炭や石材,鋼材,あるいは米や砂糖などの貨物をつんで河川を通じて荷揚げする,いわゆる「はしけ」のことである.
曳き船にひかれて隅田川を上つて行くこのはしけの上には,時に洗濯物がひらめいていることもあり,よく見れば七輪や鍋,釜がおかれていたりする.この「はしけ」のともの下には「せいじ」といわれる穴倉にも似た2畳か3畳の部屋がある.ここに家族ともどもはしけの人々が生活しているのである.電灯もなければ水道もない.まして電気冷蔵庫やテレビ,洗濯機もない.あらゆる文明の恩恵にも浴さずにくる日もくる日も水の上を住家とし,その時その時の仕事の都合で,今日は横浜,明日は浜崎町と,もよりの舟だまりに一夜を明かす生活をつづけているのである.
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