煙草のない煙草セット

　ある社の社長が，同業の社をおとずれて，待たされている間，応接間のテーブルに置かれている煙草セットに手を触れてみた．その社長は，ふだん煙草はすわないのであるが，企業家としてのものの見方は，おのずから違うのである．

　応接間の調度は一応ととのつている．テーブル，ソファはきちんとしている．煙草のセットが載っている．立派なセットである．だが，煙草セットには，煙草が入つていなかつた．マッチ入れには，マッチが入つていなかつた．煙草セットは，来客のために置かれていたものである．しかし，それは用をなさないセットである．煙草もなければ，マッチもない．