編集者から読者へ
満員電車の中で
所沢 綾子
1
1編集部
pp.10
発行日 1960年4月10日
Published Date 1960/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662202055
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満員電車に40分すしづめにされて,私は毎日通勤している.最前列に並んでいてもうつかりしていると取り残されることがある.だから,あらゆる神経を使つて電車に乗ることに取り組む.まず足を踏まれないように,痛い思いをしないように,電車とホームの隙間に靴を落さないように,ワツと押してくる人の圧力で,入口の空間からはみ出されたが最後,取り残されてしまうのだから上手に流れに乗らなければならない.全くあらゆる神経がそこに集注される.それには他人の迷惑や思惑は考えていられない.一寸良心的な気持をおこして下車しようとする1人を待つたばかりに乗車出来なかつた苦い経験もある。がつちりした体躯の男性が女性をはねのけて乗る姿なぞ,決してめずらしいものではない.その一瞬が過ぎて見れば,自分も人もあさましい姿である.これもみな,人間が過剰のためであり,またタイムカードというような便利な機械が出来て,1分の遅刻も勤務評価にかかわつてくる宮仕えの身の赤裸々の姿と云えるのであろう.一寸した日本の社会の縮図とも云えよう.
そう云えば,どこもかしこも,人を押しのけなければ通用しない所ばかりである.ある有名私立大学の先生に聞いた話によると第一次の学科試験の発表のあと,受験生の父兄が呼び出されるのだそうである.そして30万なり50万なりの金額を寄附出来る能力があるかどうかが確かめられる.支払い能力がないとなれば,第2次試験は受けても無駄ということになる.
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