私達の声
椅子車にのつて
柴崎 溫枝
pp.59-60
発行日 1952年4月10日
Published Date 1952/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200270
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私がこれから皆さんに聞いていただこうとするお話は,既に私の地方の新聞にも掲載され多くの文学愛好者達や子を持つ母親達を感激させた物語なのです。
もう今から4年も前になるでしようか。私がH市の中央保健所に保健婦実習生として働いていた頃の事です。或る日,私は近所の或る詩人の方の紹介で,その頃ようやくH市で有名になりかけたSさんという若い女流詩人をお訪ねする機会を得ました。Sさんは,幼い頃小児麻痺を患つて下肢が麻痺し歩行困難をきたしたお気の毒な方だつたのです。私もそれまでにSさんの,地味ではあるがそうした肉体の一部から激しく訴え出たような,哀しい詩の響きに少からず心惹かれておりました。お遇いしてみるとそれは平凡な,どこにそんな肉体の苦しさが秘められているのかと思われるような明るい表情の方でした。いわゆる「いざり」という身の上が私に色んな気遣いをさせて,お遇いする迄は随分はらはら致しましたが,そんな懸念は一度に飛んでしまいました。その時は甥子さんを相手に切り紙の最中でした。大きな画帖のようなものにそれを貼りつけながら,「子供の方が私よりずつと独創的なものを切ります。二度と同じ形が出来ないのが面白いのですよ。」と言われました。29歳とは思われない若さでした。
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