特集 家族の想い
夫婦で“癌と駆けっこ”—妻・慶子と共に歩んだ3年間を振り返って
刑部 光太郎
pp.1227-1237
発行日 1986年11月1日
Published Date 1986/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661921561
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はじめに
妻が亡くなってからちょうど1か月くらいたった昨年12月,“看護学雑誌”の編集部から,妻の入院体験(‘癌と駆けっこ’)が連載中に,医師である患者(妻)に,夫として,また,医者としてどのように対応したかをまとめてほしいとのお話がありました.妻の入院中に一番気を遣ったことは,夫という家族の立場から感情に押し流され,医者という科学者の立場を忘れないようにするということでした.もちろん,感情の渦に巻き込まれ,ある瞬間には,己を失い悲しみの中にもがき苦しんだことがありましたが,その悲しみに浸るぜいたくは許されず,妻が亡くなる最後の日まで医者の立場で妻を診ることができたと思います.そんなことから,編集部から原稿依頼された時も‘いいですよ’と気軽に引き受けました.
ところが,いざ原稿用紙に向かうと(といっても,テレビ画面の原稿用紙にワープロのキイを打っているのですが),3年間,客観的立場を,無理して取り続けてきた緊張の糸がすっかり切れてしまったようです.妻の思い出を1つ,2つ書き出すと妻のいないことが今更ながらに思い出され,もうこの世に妻がいない寂しさと,悲しみと,楽しかった結婚生活,辛かった入院生活の思い出が入り乱れて堰を切ったように胸の中に溢れ,それ以上妻の思い出に触れることができなくなりました.
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