特集 問われる医療過誤・2—千葉大採血事件公判記録
公判記録より
第5回公判—昭和46年2月25日
斎藤 十六
1
1第2内科
pp.31-33
発行日 1971年8月1日
Published Date 1971/8/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661917755
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斎藤十六経歴:昭和7年東京大学医学部医学科卒後,同病院内科勤務,博士号をとり,三楽病院,日本大学医学部内科助教授および内科医長を経て,昭和28年千葉大医学部第二内科主任教授となり,32年から2年間,同病院長を兼務した。昭和44年8月,採血事故の責任をとって退職したといわれ,現在に至る。
斎藤教授は事件直後,マスコミなどに単純ミスとしてこの事件をとりあげ,検察側にとっても,単純ミス説を証明する有力な証人であった。チェックさえよければ,本件吸引器による採血は安全であるといいきった。しかしながら,鋭い追及の前に前回の証言を否定し,現段階において,単式の吸引器を使用すべきであると証言し直した。循環器内科の権力者として君臨してきた斎藤教授は,自分を頂点として築かれた現医療のおそまつさに,はじめて気づかされたのであった。
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