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扉 一輪ざしの花
pp.5
発行日 1954年4月15日
Published Date 1954/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661909536
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何のかざり気もない粗末な小さな一輪ざしになげこまれた菜の花一本,ガラスコツプの中に青い莖をすがすがしくのぞかせ乍らいれられた麦の穂の一すじ,特に意識し特に手を加えたものでないこのシンプルな一輪ざしに,こよなく尊い,豊かな芸術をみ出し,いけた人の奥ゆかしさを思わせる。
或時の旅行で,汽車が広島を過ぎた頃汚れた手を洗いに洗面所にはいつていつたら,正面の鏡のわきの小さな水色の一輪ざしに三つ程花をつけたフリージアと,真紅のカーネーシヨンが一輪,汽車の動揺のまゝにゆれて後を向いていた。その紅の鮮やかさと,純白のすがすがしさは,東京からのりつゞけのつかれた頭を,サーツと,何か新しい空気にふれさせたような感じで,思わず目をみはつてみ直し,独りでに,顏がほころんで,手をのばし,後向きになつている花を手前にむけて,「ご苦労さん,いゝお花ね」と花にいつたことでした。汽車の洗面所の花はめずらしいと思つたが,いゝアイデイアだと感心して,列車づきの「お孃さん」の心根を感謝した次第。バスの中ではよくみかける。四季折々の花が,お正月などは,おめでたい松や南天の枝までいけられていることがある。花のえらび方や,種類,いれ方などみるのがたのしみの一つで,バスにのる時は出来る丈前方にのることにしている。時に造花の入つているのをみると,ガツカリする。生命の通わない形だけの花など,ナンセンスだ。それなら犬ころでもぶら下げておく方がましだ。
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