発行日 1950年6月15日
Published Date 1950/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906665
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正午,看護婦や2年生みんなが食事に行つた後,1年生の香山春子と村田君子はまだ自分たちに振りあてられた仕事を仕了せないで檢査室で便延べの最中だつた。梅干程の便のかたまりは,油紙にくるまれたり,クリームの空瓶や,小さな空罐に入れられて20個あまり檢査室の隅つこの臺の上にのつかつている。この一つ一つをデッキグラスにぬりつけて名前をつけ,顯微鏡で見るばつかりに整えるのが,この内科外來に勤務する1年生の主な仕事の一つであつた。顯微鏡にかけて檢査するのは上級の看護婦であつたが,彼女たちは1年生の塗りかたが少しでも濃すぎたり,むらがあつたりすると,こんなの見られないわ,と放り出すのだ。だから1年生は一所懸命,むらがないように,濃すぎないように,割箸の先に1.2滴の水をつけ,それをグラスの上に1錢銅貨の大きさにひろげ,その箸で,便の眞中の乾いてない所から,ほんの耳垢程すくいあげて,先の水の上にぬりひろげるのである。
午前中の診察が濟むと1年生は後かたずけと掃除に忙しい。看護婦たちは上級生になればなる程,そういう下つ端の仕事はしない。そして生徒たちが,キレイにコンクリートの床を流し,机上を整え了えると,さあお掃除は濟みましたと,誘い合せて,1年生なんかには目もくれないで食事に行つてしまう。2年生はそれを見ると,これまた仕かけの仕事もそこそこに1年生には,「あんたたちまだ済まないの,おそいのね済んだら直ぐいらつしやい。」
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