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今からおよそ10年前,地球の裏側では,数十万人の犠牲者と200万とも400万ともいわれる難民を生んだ,旧ユーゴスラビア紛争(以下,旧ユーゴ紛争)が勃発していた.この紛争の結果,約2割の難民がPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神的問題を抱えているといわれている.
しかし一方で,良好な健康状態を維持している人々もいる.なぜ,彼らは,紛争という大きなストレッサーに晒されたにもかかわらず,良好な健康状態を維持していられるのだろうか?
ストレスに対処する能力には個人差があるといわれているが,この能力を測る概念の1つにSOCがある.SOCは首尾一貫感覚(Sense of Coherence)の略で,一般には「ストレス対処能力・健康保持能力」というと理解しやすい.このSOCは,後述するユダヤ系アメリカ人の健康社会学者のアントノフスキーが提唱する「健康生成論」の中核をなす概念で,成人初期までの経験や環境が大きく影響すると考えられている1).この概念に基づいて私は,「過酷な紛争下に生きたにもかかわらず良好な健康状態を維持している人々が持つSOCや,SOCの形成・成熟に影響する要因とは何か」という問いの答えを探求すべく,2003年2月,旧ユーゴ紛争の舞台の1つとなったクロアチアに1か月間滞在し,紛争当時に15-23歳だった女性17名のインタビュー調査註1)を行なった.
今回の連載報告では,その結果をもとに,大きなストレッサーにさらされながらも健康を維持している人々の持つ特徴や要因について,また,それがストレス対処能力の向上に及ぼす影響やその可能性についても考えていく.
平和な日本といえど,死と切り離すことのできない医療現場には,日々けっして生半可ではないストレッサーがあることだろう.看護師をはじめとする医療従事者が,ストレスフルな状況にある患者をいかに支援していくか,さらには,多忙かつ過酷な現場で働く医療従事者が自身のストレスにどう対処するのか,という問題の参考になるよう,広く応用して考えていくつもりである.
第1回目である今回は,まず,クロアチアの国事情と旧ユーゴ紛争について概説したあと,「健康生成論」を解説する.第2回では,インタビュー記録を紹介・分析し,SOCの理解を深める.最後に第3回では,それらを日本の医療現場や看護に応用する可能性について考える.
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