- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
はじめに
何かをやろうとしたにもかかわらず,うまく事が運ばなかったとき,人は失敗感を味わう.そして,そのようなことが何度も繰り返されると,人は,「またできないに違いない」とか,「どうせこれはやっても無駄なんだ」といった無力感を簡単に身につけてしまう.慢性疾患を持つ患者の中には,毎日の生活の中で,「これは自分にはできそうにない」「どうせやっても無駄」といった無力感を身につけてしまっている人が少なくない.なるほど,慢性疾患と闘う生活の中で,健康増進のためにいろいろと試みたとしても,もし症状に改善の兆しが見えないならば,患者は無力感の元となる連続した失敗体験を持つことになってしまう.
一方,たとえば食生活の改善をしようとしているとき,「肉の量を一口減らし,野菜を一口多くとる」という小さな目標を設定し,それならできそうだと感じることができ,そして結果としてうまくできたとすると,その人は食生活の改善への意欲が増大し,それなりの努力を続けるかもしれない.このように,患者が持つ「……ができる」という見通し(自己効力感:self-efficacy)は,行動の変化と大きく関連していることがわかる.
さて,バンデューラによって体系化された社会的学習理論によれば,人間の行動を決定する要因には,「先行要因」「結果要因」,そして「認知的要因」の3者があり,これらが絡み合って,人と行動,環境という3者間の相互作用が形成されているという1).そして,バンデューラは刺激と反応を媒介する変数として,個人の認知的要因(予期機能)を取り上げ,それが行動変容にどのような機能を果たしているかを明らかにしようとした.
バンデューラによれば,行動変容の先行要因としての「予期機能」には,次のような2つのタイプがあるとされている(図1).
第1は,ある行動がどのような結果を生み出すかという予期であり,これを「結果予期」という.第2は,ある結果を生み出すために必要な行動をどの程度うまくできるかという予期,すなわち「効力予期」である.そして,自分がどの程度の効力予期を持っているかを認知したときに,その個人には自己効力感があると言う.言い換えるならば,ある行動を起こす前にその人が感じる「遂行可能感」,あるいは,自分にはこのようなことがここまでできるのだという考えが自己効力感である2).
自己効力感は,人がどのように身につけているかによって,行動や気分,情緒的な状態に大きな影響を及ぼすことが明らかにされている,3).
Copyright © 2005, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.