インターホン
助産婦のネットワークづくりをめざして
桐島 美千子
1
1おやハウス
pp.974-977
発行日 1990年11月25日
Published Date 1990/11/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611900211
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助産婦になりたての頃
看護学生の頃,産科実習で産婦さんにやさしく手をさしのべる助産婦をみて,私も助産婦になりたいと思い助産婦学校へ進んだ。しかし,いざ助産婦になってみると,学生の頃に描いていた助産婦とはほど遠い助産婦になっていくような気がしてならなかった。
20年も前のことになるが,その頃勤務していた病院は分娩数が年間1,200〜1,300件はあっただろうか,とにかくいそがしかった。一晩に8人か9人の分娩があった深夜勤務の時のことは,今でも忘れることができない。2つの分娩室と物置きのような予備の分娩室を走りまわり何とか無事に勤務は終ったが,だれがどのようなお産をしたかも思い出せないありさま。産婦さんが痛いと泣いてもわめいても,ただ一方的に指示を与え,赤ちゃんをとり出しただけという思いがしてならなかった。これが助産婦の仕事だろうかと落ちこんだ。
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