連載 腹帯の歴史・3
鎮懐石
石黒 達也
1
1滋賀医科大学産科学婦人科学教室
pp.519-523
発行日 1984年6月25日
Published Date 1984/6/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611206471
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まず初めに「古事記」の中(なか)つ巻「仲哀(ちゅうあい)天皇」の項をひもといてみよう。この記述は,神功皇后が神のお告げを得て新羅征討に出発しようとした時のことである。
「(前略)新羅平定の仕事がまだ終了しないうちに神功皇后の陣痛がはじまった。そこでお腹の子が鎮(しず)まるようにと,石を取って腰の裳(も)すそに巻きつけ,出征された。(神功皇后は新羅平定後)筑紫(ちくし)(今の福岡県)に帰り,その御子を分娩された。これにちなんでその地を宇美(うみ)(福岡県粕屋郡宇美町)という(図1)。また神功皇后がその時裳に巻いた石は,今も筑紫の国伊斗(いと)村(同糸島郡深江)にある」
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