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今からちょうど40年前,英国ケンブリッジ大学の2つの女子学寮で,「aroom of one's own」(自分ひとりの部屋)と題する講演が行なわれた.話し手は,当時円熟期にあった女流作家ヴァージニア・ウルフで,そのテーマは婦人と小説であった.この草稿は翌年加筆されてロンドンで出版されたが,文体・内容とも非常にすぐれたエッセーで,現在,日本においてさえ作家志望の,比較的高踏派の女子学生の間で,バイブルのように読まれている.邦訳されて新潮文庫にも収っているが,現在ではほとんど入手困難のようだ.「婦人と小説」がなぜ「私だけの部屋」になるかというと,女性に経済的独立がなければ,読み書き思索する自由はなく創作活動は不可能だ,というわけで,年に500ポンドのお金と自分ひとりの部屋を,ウルフは小説を書く必須条件に象徴しているのである.想像上の一女性に託して,その2日間にわたる意識と思索の屈曲をたどる,という手法が用いられ,いわゆるプルースト以来の「意識の流れ」の方法を,実験的に用いた新しい型のエッセーなのである.
『砂の城』の作者,アイリス・マードックは,この講演が行なわれた時は,まだ9歳の少女にすぎなかったが,長じてオックスフォードで古典を学び,国連関係の仕事にたずさわった後,またケンブリッジに入って1年間哲学を専攻している.その時この講演の場の1つであったニュ一ナム女子学寮で学んだのである.おそらくヴァージニア・ウルフのこの講演とエッセーは,当時もそして今も,ケンブリッジで生々しく記憶され,女性の身を生きながら,なおかつ世界と現実に直接かかわって真理を見ようとする女子学生の間で,目をきらめかして語りつがれ,受けつがれ,彼女たちの胸の奥深く,物を書くことへの固い決意を促してきたのではあるまいか.
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