随筆
母のこと
小村 一夫
pp.42-44
発行日 1958年6月1日
Published Date 1958/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611201492
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私は幼い頃母を失つたので,「お母さん」を現実的に感じることが出来ない.ようよう物心ついた頃に,両親につれられて親戚の家に行つたり,或は郊外に遊びに行つた記憶があるけれど,それは何か空想の世界の事で,そんな母の姿を思い出しても,夢の中の出来事の様でしかない.
時々,母を思い出そうとしてあれこれと幼い頃の記憶をたどつてみるのだけれど,それは「思い出す」と云うよりは「想像する」と云う方が適当なのかもしれない.私のもつている母親の概念と云えば,本で読んだり,よその親子を見たりして漠然と考えている様な,云わば一種の偶像に過ぎないのかもしれない.
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