音楽物語
楽へのいざない—冬の旅
深井 真澄
pp.25
発行日 1958年2月1日
Published Date 1958/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611201415
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窓の外は吹雪.その中を汽車はあえぎながら勾配を登つて行く.何の為という目的もなく,又何処へというあてもなく,ただふと起つた旅心のままに身一つを外套にくるんで,私はがらんとした客車の片隅にうづくまつている.窓ガラスには車内の暖い空気と水分が車外の寒さの為に引き寄せられて,まるで樹氷の様な花模様に凍てついている.ふと気がつくと,何時の間にか私はその結晶の中に閉ぢ込められてしまつて,その透明な結晶の向う側には青々とした緑の木蔭が風にそよいでいる…….
私たち人間は何かこういつた夢ともうつつともつかぬ幻想的な気分の中に浸ることがよくあります.ある人達は,このような一見現実を無視したような想像の世界は現実を離れた砂上の楼閣か陽に当ればはかなく消えて行くかげろうのように無意味で勝手な作りごとのように言います.しかし心を落着けてじつと考えて見ますと,この想像の世界は実は現実から離れている所ではなく現実の世界のすぐ裏側で現実の世界としつかり結びついて,それを内側から包み支えているということが分ります.
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