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モード・カレン小母さんのこと
石垣 純二
pp.26-29
発行日 1952年3月1日
Published Date 1952/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200060
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ライフの記事から
昨年の12月31日號のライフ誌をおよみになつた方は,その中にモード・カレンというアメリカの黒人助産婦の生活を紹介した興味深い記事をごらんになつたことゝ思います。私もたいへんおもしろく讀みましたので,ライフ誌を日頃およみになつていない方々のためにこの記事を御紹介する氣持になりました。前に一度經験があるのですが,ライフの寫眞を轉載することは大へん面倒なので,寫眞は省略します。記事も私が適當にダイジェストして書かないと,原文通りだと版權問題がむつかしいのです。まあ讀後感みたいなものと思つておよみ下さい。
毎年アメリカで産れる赤坊の8割5分は病院か診療所で醫師の手で産れるそうです。全國の開業助産婦の數は2萬にすぎない。それも農村地帯,ことに南部に集中しているようです。人口の點で日本の7割増のアメリカで助産婦數が日本の3分の1にも満たないこと。出産の8割5分が醫師の手でというところは,たとえ國情は異なるにもせよ,日本の助産婦としては注目すべき點でありましよう。助産婦の將來という問題を考える場合に一つの參考となる事實だと私は考えました。この2萬の助産婦さんは,「産婆さん」とよばれています。この外にアメリカ中で僅か3百人の助産看護婦があつて,産婆さんとはオヽレオマイシンと富山の万金丹ぐらいちがうと書いてあります。
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