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失語症と共に生きる―脳卒中が私に及ぼした影響とでも訳すのであろうか.著者のC. Scott Mossは当時サシフランシスコ国立精神衛生研究所の精神衛生のコンサルタントとイリノイ大学臨床心理学の教授をしていた1967年に脳卒中になった.発病当時は重度あるいは中等度の失語症があり,入院後5~6週間は言葉の概念で自分が何をしているのか,何をしようとしているか考えられなかった.失語症という後遺症に対して心理的な葛藤と闘いながら回復へ向って努力した結果,イリノイ大学に復職できた過程が克明に記載されている.本書は1970年彼が46歳の時書かれたもので,臨床心理学者である著者の体験記であるため,臨床心理面の問題点と解決について鋭い批判や意見が随所にみられる.その概要は脳血栓の発病時の詳細な病状経過,ことに失語症になった著者の驚き,そして簡単な言葉によってのみ意志を伝えねばならない苦労,普通の脳損傷者より動作性ではすぐれているが,言語障害は高度であり,ことに表出面の障害が強いこと,内言語がおかされていないことなどが判明した経過知能低下はないと思われるのに言語が不自由であるための懊悩と蕃闘などよりはじまり,治療に当る医療関係者から自分の身体に何が起ったのかについて,納得のゆく説明がえられず,また治療についても自分に理解がえられる処置が行なわれなかった現実,著者自身が仕事の上でもかなり不自由を感じているにも拘らず,プラトーということで,言葉に対する治療を打切られようとされ,非常な不安を覚えたなど,自分を理解してもらえないための強い不安,不満,焦躁などが述べられている.ことにこのような大きな問題をもつ患者の心理状態をよく知り,納得ゆく説明や助言がえられる信頼できる専門家が存在しない現実を強く批判しており,患者は結局,自からが試行錯誤を重ねながら自からが解決せざるをえない現状を,著者自身の体験記を通じて公開することが,他の患者にとっても,脳損傷者に接する種々な医療職員に対しても益することを期待している.終りに著者は自身の体験記録と著書から次の要約を述べている.脳損傷者の機能同復は極めて困難であり,極めて回復度の高い人でもなにがしの機能障害が残る.機能回復訓練には漂準化された方法がなく,失語症の大多数は言語治療士を訪れるが,言語治療士は失語症者をどのように取扱い助けてあげるかについて,全く知っていないといってよい.医師言語治療士,臨床心理士も失語症の内言語の問題をはじめどのように治療するかを知らない.失語症の治療は個人,個人で異なるが,患者自身の回復に対する高い意欲に支えられて“自然治癒”の経過をとるものである.この間,時に効果のある方法にぶつかるとしても試行錯誤の継続なればこそといえる.失語症の訓練は1カ月以上6ヵ月も続けたいものである.脳卒中その他の自然災害は生活機能を著しく弱めるものであり,現在ではそれらに対して何ら有効な手段はない.従ってある種の国民健康保険が必要で,それによって障害をもつ勤労者が経済的に救われることが大切である.われわれは今や真剣に組織的な高度の創造的な開発研究を進め,その結果を生かさねばならない段階にきている.然しながら,残念にもわれわれはまだ試行や探索の段階にあるのである.以上,本書を通読して痛感した点は,リハビリテーションに関係する人々にとって,失語症によらず障害をもつ患者の悩みがいかに深刻であり,その解決に対して努力が足りない現実を具体的に指摘して反省を求めた点であり,さらにリハビリテーションは形式ではなく本質がどうあるべきかを明示し,将来に対する方向を読者に考えさせる点であった.リハビリテーションに関係するすべての人々にとって一読する価値がある著書である.
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