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『慢性痛のサイエンス—脳からみた痛みの機序と治療戦略』は,わずか200ページ強の本である.しかし副題にもあるように,痛みについて痛みの局所からの視点ではなく,脳からの視点で最新の情報をコンパクトにまとめて書かれた本である.この本の趣旨は,決して局所の病態を軽んじているわけではない.痛む局所の病態を正しく評価したうえで,脳からの視点で慢性痛をどう理解するかが著者の趣意である.慢性痛治療に際して,慢性痛患者の頭の中で起こっている病態を,基礎知識として知っておくことは,非常に有益である.実際に治療戦略を立てるためだけではなく,慢性痛をもつ患者への痛みの共感をも一層育むことのできる本になっている.
慢性痛が大きな社会問題になって久しい.慢性痛の頻度は,多い報告では全人口の30%,少ないものでも11%と報告されている.慢性痛の部位についてのアンケートでは,腰,肩,膝,頸,頭の順に多く,頭痛を除けばほぼ運動器の疼痛である.また現在では,元気で活動的な高齢者が増えているだけに運動器の痛みは,ますます重要になってきている.そして慢性痛が問題なのはその頻度だけではなく,難治のことが多いからである.特に「運動器に関する慢性痛」は,運動器の局所の病態だけでは説明しきれない部分が問題である.例えば,本来なら亜急性の痛みであるいわゆる腰痛症が慢性化して長引くのはなぜかという疑問である.腰の局所だけでは説明し得ない病態を単に心因性と片づけていた時代もあった.しかし,それがfMRI,PETの登場により脳内の変化も客観的に示すことができるようになった.その脳内の変化が慢性痛の原因なのか結果なのかは,現在のところ不明であるが,この科学の進歩の現況を知っておくことが極めて重要である.もちろん臨床家にとって,局所の病態を理学所見,神経学的所見,X線検査などの従来の画像診断を駆使して,慢性痛を持つ患者の局所の病態を正確に把握し評価する能力は大前提にある.そのうえで,慢性痛における脳内の変化を知っておくことは,治療上非常に有益なことだと思う.
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