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人は数値や数式を用いて自然科学を解明してきたし,これからもそれは続くだろう.1969年,人類は月面に立つという偉業をなし遂げた.その様子は衛星中継によって日本に届けられ,われわれは茶の間でその歴史的瞬間に感動し,人類の英知に惜しみない拍手を送った.ロケットで月面にたどり着けたのも,すべからく,巨大で高速なディジタルコンピュータによる数値計算のお陰である.ディジタルコンピュータは,数学者と技術者の知恵を巧みにより合わせて作られた,きわめて精緻で拡張性の高いハードウェアシステムである.
しかし,そのディジタルコンピュータを使いこなせば使いこなすほど,また,そのすばらしさがわかればわかるほど,ある意味で今のコンピュータは絶対に人間の能力を超えることはできないということが,うすうすわかってくる.例えば,コンピュータは数値計算については,われわれ人間よりもはるかに速く大規模の数値計算をやってのけるし,大量のデータを処理できる.しかし,コンピュータがこのように人知を超えた動きをしているように見えても,それは所詮,プログラムで指定されたことを(たとえそれが誤りであったにしても)忠実に実行しているにすぎない.したがって,誤ったプログラムやデータを入力すれば,結果も決定的に誤りとなる.さらに困ったことには,プログラムで指定される内容つまり情報は厳密さを要求される.われわれが自分の考えを相手に伝えるときは,「脈拍数が高い」とか,「熱がある」とかいうあいまいな言葉で十分に通じる.しかし,コンピュータに対しては,「脈拍数が毎分60以上」とか,「38.5℃」とか,数字を用いて表現しなければならない.そして,いったんコンピュータに「熱がある」は「38.5℃以上」のことだと教え込むと,これまた始末におえなくなる.「38.4℃」というデータを入れると,「平熱である」と解釈し,「38.6℃」を「熱がある」と解釈する.わずか±0.1℃の体温の差から「平熱である」と「熱がある」を有意的に区別し,そのような操作の積み重ねで結論を導き出すのであるから,答えが予想から大きくずれることがあっても不思議ではない.このような情報処理方式を用いた検査や診断システムにはたして人間エキスパート(医師,臨床検査技師など)と同質,同等の判断を期待することができるのだろうか?このような素朴な疑問から,ファジィ理論を健康と医療に応用しようと,昨年5月13日にバイオメディカル・ファジィシステム研究会が発足した.
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