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私が初めて北里研究所の門をくぐった昭和26年,日本はまだ敗戦の痛手の中にありましたが,北里研究所の本館は戦禍を免がれ,緑青がふいたあの尖塔は,私どもの心の支えとなるかのように高く聳えていました.一歩所内に入ると,発疹チフスワクチン,腸チフス・パラチフスワクチン,ジフテリアトキソイド等々大きなコルベンに入ったワクチン類が所狭しとばかり並べられ,目を見張るような光景でした.その中に(破)と書いた褐色瓶が私の目を引きました.何かわからないながらも不気味なものを感じていたのです.それが私と破傷風との最初の出会いでありました.(破)と書かれた不気味な文字は,実は有芽胞菌である破傷風菌をほかのものと区別するための目印だったのです.そしてその破傷風菌こそ,北里研究所の創立者,北里柴三郎博士が初めて純培養に成功した記念すべき菌だったのです.顕微鏡の下にみる破傷風菌は,これがあの恐ろしい破傷風の原因であるとはとても思えない姿でした.どこからそんな力が湧いてくるのか不思議でした.その強力な毒素に対する私の興味は今でも失っていませんが,最近ではその姿すらも可愛いい丸い頭をもった小坊主のように思えて,頭をなでてやりたい気がします.この菌を見ていると,北里先生が初めて純培養されたときの感激が胸に伝わってくるようです.
破傷風菌との最初の出会いからすでに30年,その年月は人のみならず北里研究所さえも大きく変えてしまいました.その発端となったのが北里衛生科学専門学院の開設でした.この学院が現在の北里学園を生む大きなきっかけとなりました.つまり北里学園は北里研究所が母体になって大きく発展してきたのです.当時,青森県十和田市にあった北里研究所三本木支所は北里大学獣医畜産学部に生まれ変わり,北里研究所の流れを汲む人々によって,北里衛生科学専門学院の姉妹校,北里学園衛生科学専門学院が設立されたわけです.
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