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細菌検査と縁ができてもう40年以上にもなる.今は,昔と違って細菌の分離から同定まであまりにも便利になり,検査技師はこれに慣れ過ぎて苦労がなく,これでよいのかと思うことさえある.発育の悪いリン菌,肺炎菌,流脳菌,レプトスピラなどは検体採取の時期,培養条件,菌株の保存など難しくその苦労は並大底ではなかったからである.近年,微量の菌液で,数多くの生化学的検査が同時に行われて,簡単に同定ができるシステムも開発されているが,こうなると染色液で手を染めたり,免疫血清で,ためし凝集反応をやるようなこともしだいに遠ざかり,顕微鏡などは既に細菌室の飾りものになっている所もある.伝染病が大流行していたころの検査技師の仕事は,培養基,診断液,免疫血清,染色液などはみんな自分たちの手で作り,その良否が,すべての病原検索成績にかかっていたから技術者は腕のみせどころと競って検索に努力した.今はそんな姿はみられまい.基礎培地であるブイヨン作りは,ここ一番というときには,高価な牛肉にして,脂肪や筋膜を取り除き,細かにきざみ,こがね色のブイヨン培地に仕上げるまで2日もかけた.使用する肉エキスやペプトンなどは名称を記録しておかねばならなかった.糸や棒状のカンテンを使った培地作りも透明なきれいなものにするため卵白を加えて熱いうちにフランネルで濾過した.カンテンの取り扱いは始末の悪いものであった.pHの修正で,酸や,アルカリを入れ過ぎて行きつもどりつの冷汗三斗や,滅菌中のカンテン培地の栓が飛んでせっかく作った培地をふいにしたあげく,滅菌器の大掃除となったり,あるいはあすは全採血という前日に免疫中の動物が死んだり失敗は尽きなかった.しかし,こうした積み重ねが貴重な体験となった.
現代は"培地は粉末を溶かして作るもの"となって,いつでも手の届く所に目的の培地はあり,いとも簡単にでき上がってしまう.診断液,免疫血清またしかりである.昔の面影は薄れすべてが超特急で通り過ぎてゆく.つまずき,あえぎながらの鈍行で目的を達したときのほうがうれしさは格別であった.今はその感激があるだろうか.
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