- 有料閲覧
- 文献概要
ある微生物関連の研究論文を発表した著者に対し,他の研究者がその研究に使った菌株の分与依頼をしました.すぐに返事が届きましたが,その文面には「ご依頼の菌はもうありませんが,同じ菌が今でも分離されていますので,後日送ります.」とあったそうです.この手紙を読んだ研究者はすごく驚き,嘆きました.おわかりのように,大切な菌株を保存していなかったことでせっかくの研究を裏付ける証拠をなくしていること,そしてそれ以上に菌株の意味を理解していなかったことで嘆いたものと推察されます.
「菌株」とは,一匹の細胞から分化し原則的に親細胞と同じ遺伝形質を備えた子孫の集団であり,他と区別するための表示(番号など)を付けた培養物を継代または保存した状態をいいます.つまり菌株には菌種名,分離年月日,患者,検体種類,分離者,研究歴などの由来が附随します.したがってその培養物は分離培地(一般的には検査材料を直接培養する培地を指します)平板上の独立集落から釣菌して純粋に養い育てたものであり,仮に同一菌種で親細胞が同じであろうと推察できる集落が,同じ平板上に見られたとしても,分離培地上の集落はすべて異なるものとみなします.もちろん,分離培地平板上に1種類と思われる集落が多数出現した場合や血液など本来無菌の体液からの分離集落では,その親細胞は同一である可能性は高いわけですが,体内での増殖状態を直接見ているわけではなく,混乱を避けるために原則としてこのような定義を設けています.ですから,同じ検体種類であったとしても異なる時間に分離したものは当然同一培養物とはいえないことになり,ましてや化学療法の過程で起こる菌株の変化を考えると,同一菌株の再分離などあろうわけがありません.
Copyright © 2005, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.