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病原細菌がつくる毒素にはいろいろなタイプのものがあるが,そのうちで蛋白性の毒素の研究が比較的進んでいる.これらの蛋白毒素は標的組織の細胞表層にあるレセプターに結合して,その毒素に特有な生理的変化を引き起こし,細胞崩壊にいたらせることすらある.今回ここで話題とするのは,ADP―リボシル化作用をもった毒素についてである.このちょっと耳なれないADP―リボシル化作用とは,実はわが国の研究者がジフテリア毒素がもつ酵素活性として初めて報告した世界的な大発見の一つなのである1).なぜなら,この発見に刺激されてコレラ毒素,百日咳毒素,ボツリヌス毒素など,人類にとって恐ろしいいくつかの伝染病に関与する毒素や,黄色ブドウ球菌,緑膿菌など日和見感染に関与する毒素にまで,このADP―リボシル化作用があることが明らかにされ,毒素の作用機構解明に拍車をかけたからである.そして,もっとも重要なことは,これらの毒素の作用機構が解明されるに従い,毒素自体を試薬として用いて,それまで未知であった細胞機能の解明,さらには,ホルモン・神経伝達物質・オータコイドなどの種々の刺激を受けた細胞が,どのようにして,その刺激を低分子の化学物質(セカンドメッセンジャー)に変換して細胞内へ正確な情報として伝達するのかという細胞情報伝達機構を研究する分野を著しく活性化させたことである.
レセプターにアゴニストが結合すると,その情報は種々の様式で細胞内に伝達されるが,レセプターとエフェクターとの連係にGTP結合蛋白質(G蛋白質)が介在する.膜結合性酵素のアデニレートシクラーゼの調節系はよく知られているが,そのうちGsとGiはそれぞれ,コレラ毒素と百日咳毒素によってADP一リボシル化されるG蛋白質としてみつけられたものである.その他のG蛋白質もそれぞれの細菌毒素によってADP-リボシル化されることでみつけられたといっても過言ではない.図1に,ジフテリア毒素を例にあげ,ADP-リボシル化を説明した.ジフテリア毒素は細胞の蛋白合成を阻害するが,それにはNADが必須である.ジフテリア毒素は,NADをADP-リボース部分とニコチンアミド部分に切断した後,前者を蛋白質合成に必須なペプチド伸長因子2(elonga-tion factor 2;EF-2)に特異的に転移させる酵素活性をもっている.このADP-リボース部分を転移させる反応をADP-リボシル化という. ADP-リボシル化されたEF-2は失活し本来の機能を失い,その結果蛋白合成が阻害されることになる.
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