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静脈血栓塞栓症は日本人などアジア人には発症頻度が少なく,一般的にはあまり馴染みがない疾病でした.しかしながら,食生活など生活習慣が欧米化するにつれて,近年,著しく増加しています.また“エコノミークラス症候群”として知られるようにもなりました.2000年の統計では約4,000名が,2006年の年間発症症例は2万人を超えているとの報告がありますが,実際はもっと多くの発症者がいるのではないかと推測されています.下肢大腿深部の静脈に血栓が形成される深部静脈血栓症がその典型的な疾病です.長時間にわたり下肢を動かさずにいると下肢大腿静脈の血流が澱み血栓が形成され,その血栓が血流にのって肺などの重要な臓器に塞栓を起こし,生命にかかわる重篤な状態になる場合もあります.発症頻度が高い欧米ではよく研究されており,個人の体質的素因(遺伝的素因)がその発症に大きく影響を与えることが知られています.そのような素因(血栓性素因)を探し出し予防治療に役立てるための研究が欧米では盛んに行われておりました.
欧米白人の場合,血液凝固第Ⅴ因子の多型(Factor Ⅴ Leiden)やプロトロンビン遺伝子非翻訳領域の多型(prothrombin G20210A)の素因を有している人々は,このような素因を有していない人々よりも静脈血栓塞栓症に罹患する危険が高いという統計が報告されております.しかしながら,その後の研究で白人以外の人種(アジア人,黒人など)には,欧米白人種に見られるこのような素因を有する人々は非常に稀であることが明らかになり(少なくとも,日本人ではこれらの素因を有しているという報告はありません),これらの人種での血栓性素因研究やそれに基づく血栓症対策は未解決な問題として残っていました.近年,日本,タイ,中国,台湾からプロテインS異常症が血栓性素因である可能性が報告され,プロテインS異常症がアジア人の血栓症発症要因として大きくクローズアップされるようになってきました.プロテインSとは凝固制御系因子で活性型の凝固第Ⅴ因子や第VIII因子を制御して過剰凝血が起こらないように制御している凝固制御因子の一つです.
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