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Virusはラテン語で「毒」を意味する言葉である.医療倫理の根幹を成す患者の生命・健康保護の思想,患者のプライバシー保護,専門家としての尊厳の保持などを謳った「ヒポクラテスの誓い」で有名なヒポクラテスは,病気を引き起こす「毒」という意味でこの言葉を使ったとされている.日本では最初,日本細菌学会によって「病毒」と呼ばれていたが,1953年に日本ウイルス学会が設立され,本来のラテン語発音に近い「ウイルス」という表記が採用された.感染症の発症に細菌以外の病原体が関与していることを最初に示したのはロシアのディミトリ・イワノフスキーで,彼は1892年にタバコモザイク病の病原が細菌濾過器を通過しても感染性を失わないことを発見し,それが細菌よりも微小な,顕微鏡では観察できない存在であることを示した.その後1935年にアメリカのウェンデル・スタンレーがこのタバコモザイク病の病原であるタバコモザイクウイルスの結晶化に成功し,この結晶が感染能を持っていることを示した.こうした発見や研究に端を発し,ウイルスに関する様々な研究が進められてきた訳である.
ウイルスは,他の生物の細胞を利用して,自己を複製させることのできる微小な構造体で,蛋白質の殻とその内部に詰め込まれた核酸から成っており,細胞をもたないことから,生物学上は非細胞性生物または非生物として位置づけられている.ウイルスは持っている核酸の違いから,大きくDNAウイルスとRNAウイルスに分けられる.ウイルスはそれ自身単独では増殖できず,他の生物の細胞内に感染して初めて増殖可能となる.また,他の生物の細胞が2分裂によって対数的に数を増やすのに対し(対数増殖),ウイルスは1つの粒子が感染した宿主細胞内で一気に数を増やして放出される(一段階増殖).ウイルスの増殖は通常,ウイルスの細胞表面への吸着→細胞内への侵入→脱殻(だっかく)→部品の合成→部品の集合→感染細胞からの放出,というようなステップで行われる.ウイルスの細胞表面への吸着は細胞表面のレセプターを介して行われ,インフルエンザウイルスが気道上皮に高い親和性を持つのは,気道上皮細胞のシアル酸糖鎖がインフルエンザウイルスのレセプターとなっているからである.
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