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はじめに
多細胞生物を構成する個々の細胞は,細胞外の様々なシグナル分子を感知してそれに応じた細胞増殖・細胞分化・細胞死などの細胞運命を決定する.細胞外シグナルから最終的な細胞運命の決定が導かれる過程で重要な役割を果たしているのが,細胞内シグナル伝達経路である(図1).細胞外シグナル分子は主に細胞膜上に存在する受容体によって感知され,受容体が特定の細胞内シグナル伝達経路を活性化することによって,遺伝子の発現誘導もしくは発現抑制,細胞内骨格の再構築,蛋白質の分解など細胞運命の決定にかかわる様々な事柄が制御される.現在までに非常にたくさんの細胞内シグナル伝達分子が明らかにされているが,本稿ではそのなかでも特に古くから研究が行われ,かつその理解が最も進んでいるシグナル伝達分子であるMAPキナーゼファミリーに注目し,その概要を解説したい.
キナーゼとは蛋白質中のOH基をもつアミノ酸(セリン,スレオニン,チロシン)のOH基にリン酸を付加する(リン酸化する)酵素である.リン酸化を受けるとそのアミノ酸の電荷が変わるので,蛋白質全体の構造や化学的性質が変化して蛋白質がもつ生理活性も変化する.また,付加されたリン酸基は脱リン酸化酵素(ホスファターゼ)によってはずすこともできる.これらのことから,リン酸化および脱リン酸化は蛋白質の機能を可逆的に制御できる翻訳後修飾の1つとして細胞内シグナル伝達経路において中心的な役割を果たしている.
古典的なMAPキナーゼ(Mitogen Activated Proteinキナーゼ)は,種々の増殖因子や発癌プロモーターによって共通に活性化するセリン/スレオニンキナーゼとして見出された.その後,古典的なMAPキナーゼと相同性をもつJNK(c-Jun N-terminal Kinase)やp38といったセリン/スレオニンキナーゼが報告され,これらのキナーゼが1つのファミリーを構成していることが明らかになった.そこで本稿では,混合をさけるために古典的なMAPキナーゼをヒト遺伝子の名称であるERK(Extracellular signal Regulated Kinase)と呼び,ERKとJNKとp38からなるキナーゼファミリーをMAPキナーゼファミリーと呼ぶことにする.
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