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■はじめに:病院による在宅栄養ケアの原点
地域包括ケアシステムという概念は行政主導で普及したが,もともとは公立みつぎ総合病院(当院)院長であった故・山口昇が,病院から在宅までの一貫した医療・ケア提供および予防医療の確保による中山間地の社会保障整備を念頭に命名したものである.尾道港から北に小一時間車を走らせた場所にある100床に満たない国民健康保険直営病院(国保病院).1970年ごろ広島県東部で先駆的に脳外科医療に取り組んだ外科医の山口は,往診先で,救命した脳卒中患者が悉く自宅で寝たきりなのを目の当たりにする.「出前看護」「出前リハビリ」による専門職在宅ケアを導入,さらに御調町の保健福祉行政の協力のもと『寝たきりゼロ作戦』を展開.これを端緒に行政部門を院内に組み入れた.病院-行政のドッキングは,町長との協力のもと近い未来の高齢化を見据えた「福祉のまち」づくりに成功した.
医療の一元的な提供が特徴の国保直営施設が行政と相性が良いメリットはあったが,山口が中心となった全国国民健康保険診療施設協議会による活動の蓄積が社会の高齢化の時間軸と交差したところで,田舎の先取思想の地域包括ケアが全国展開したわけである.
ところで,45年前のこと.大雪の師走に担ぎ込まれた70歳の農夫が,鶯の声に桜の花びらが舞う朝に退院した.当時院長だった山口と複数の看護師への挨拶を済ませると,2人の息子の手で車いすから軽トラックの荷台に抱え上げられた.不自由な右脚を投げ出して後ろ向きに座ると,ひと冬過ごした建物は遠くなっていた.自宅に着くと,一階の居間が新しい居室にあてがわれ,据え置き型の手摺が便所の戸口まで何台か備えつけられていた.翌日,有り難いことに山口が看護師を伴いやってきた.間取りは頭に入っているらしく,山口は通されるなり,手摺の位置に注文をつけては並べ換え,居間と廊下や縁側との段差に注意を与えた.次に,自らの体重を手摺に預けてその塩梅を調べた.それから布団に座る彼の手を引いて薄暗いなかを奥へ進み,便所の引き戸を開けた.息子が呼び寄せられた.裸電球が灯ると,腰かけができるよう,丈低い便器にそれを囲う木枠が備えてあった.彼をそこに座らせ便用に適うか問うたあと,今度は自らこれに跨り起立動作を試した.付設された手摺で安定が保てぬと分かると,左手が届く位置に天井から紐を吊るすよう指示した.
「用足しはなるべく自力で済ます.昼は縁側で農作業の監督でもするように」と,山口は言い残した.
その言葉を守り彼は穏やかに暮らしたが,梅雨明け頃,食は細り床へ伏すばかりになった.山口は栄養士に訪問を指示し,食材,調理ならびに献立の工夫が始まった.
以上は古参職員からのエピソードであり,在宅栄養ケアの原点が垣間見える.
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