ひとこと
医学の進歩と専門化に思う
清水 正章
1
Masaaki SHIMIZU
1
1清水病院
pp.535
発行日 1985年6月1日
Published Date 1985/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541208613
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このところ,日々報道されるバイオテクノロジーの進歩の著しさに,私は驚嘆を越えてときには恐怖に似たものさえ感じる.この調子でゆけば,中国古代の伝説にもある医薬の祖,人身牛頭の神農氏が再来したり,人間の不幸を予言する人頭牛身もどきが出現しないでもなく,それはあたかも現代科学の最高頭脳を集めて,第三の火である原子の火を発明した人間が,一方でその利便を亨受しながらも,一方でその恐怖におののきつつ,今日を生きているのと同じ状況になりそうだからである.遺伝子操作も恐ろしいのである.それはまだ遺伝子の組み替えによって,新しい形のものに作り変えただけの段階で,生命そのものの創造ではないから,この研究もここいらで止まってほしいと思う.
これは,人間の生命を守ることを任務とする医師としては,矛盾した考えかもしれないが,私は何百歳になっても死ねないような姿を想像してみるとき,むしろそれは悲惨でさえあると思えてならないからである.限りある生命だからこそ,それをいとおしみ守りぬき,そして個々の生命がもつ可能性を限界一杯発揮し,やがて惜しまれながら安らかな眠りに入る.それこそ人間の真の幸せではなかろうか.そうであれば私も,その可能性を追求するために健康でありたいし,また他の人もそうであるように,私は医師として,その務めを果たし,忠実にお手伝いすることが,今日を生き,今日を働く意味だと信じている.
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